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(その6)「西大門刑務所歴史館」の拷問展示に疑問を感じた 07夏・韓国紀行 [韓国]

07年7月の韓国の旅では「西大門刑務所歴史館」も訪ねた。
入場料は大人1500ウォン(約200円)だ。


(ソウル 西大門刑務所入口)

歴史館には、刑務所の敷地と建物が丁寧に保存され多くの資料も収蔵、展示されている。
建物自体も貴重な歴史的建造物だ。

しかし、後味は悪かった。
率直な感想として、建物の地下1階にある拷問シーンの蝋人形による再現展示のおぞましさには唖然とした。

地下1階の臨時監禁室と拷問室の内容は
http://www.seoulnavi.com/miru/miru.php?id=24
ソウルナビが観光スポットとして紹介しているサイトに写真入りで掲載されてる。

ぼくの祖父は戦争に反対の立場をとるキリスト者だった。
1939年の治安維持法第二次一斉検挙で伝道中に逮捕され、1945年9月に釈放されるまで6年間投獄されていた。

釈放の約2ヶ月後に、祖父は死亡した。
長期にわたる投獄生活と、転向を拒否したために受けていた拷問により身体が衰弱しきっていたからだ。

祖父は獄中で衰弱していたので「敗戦後に獄中で死ぬと責任問題になる」と悟った当時の公安は、GHQの命令の前に釈放したようだ。「獄死」と言っても過言ではないだろう。

祖父が収監されていたのは、宮城県仙台市にある宮城刑務所だ。
明治11年に大倉土木(現在の大成建設)の手によって建設された。
当時は宮城集治監と呼ばれ、2階建ての6本の棟が放射状に並び、中央ホールに監視机があり、そこから6本の中廊下すべてが見通せる建物だったという。
現在は取り壊され日本では観ることができない。


(ソウル 西大門刑務所)

韓国の西大門刑務所も日本人が設計したと言われ、2階建ての棟が3方向に放射状に並び、中央ホールに監視机がある。この構造は、日本の旧宮城刑務所にも共通している。
祖父が6年間収監された旧宮城刑務所を想像するためにも
ぼくは「西大門刑務所歴史館」への訪問に特別の思いを持っていた。


(ソウル 西大門刑務所)

しかし資料室を経て、建物の地下1階に降りる階段の途中でぼくは唖然とした。
女性の悲鳴や男達の罵声、うめき声が地下からスピーカで流れてきたのだ。
そこには韓国の役者か声優が演じて録音されたであろう地獄の様の再現音響が響き渡っていた。


(地下1階の臨時監禁室と拷問室 西大門刑務所)


(地下1階の臨時監禁室と拷問室 西大門刑務所)

地下の展示室では、おぞましい叫び声を上げながら、日本の軍服を着た日本人人形が韓国人を虐待していた。
人形の中には、電動式で動くものまであり、子供達が声を上げて指さしていた。
電動式とは、電動で日本人の腕が動き、韓国人の首もとに包丁をつきつけるものだったと記憶している。


(地下1階の臨時監禁室と拷問室 西大門刑務所)

子供達が入れ替わり立ち替わり、恐る恐るのぞきこんでいる。

どこの国でも警察や検察の取り調べは、その密室性から重大な人権侵害の温床となってきた。
いや、過去のことではない。現在の日本でも問題は常に起こっている。
最近の出来事では、鹿児島県議会議員選挙をめぐる志布志(しぶし)事件の取り調べだ。
警察による「踏み字」など様々な手法を用いた自白の強要が明らかになって来ている。
しかしこのような取り調べが表に出てくるのはまさに氷山の一角だろう。

法は、このような事態を想定し「特別公務員暴行陵虐罪」を規定している。
検察官や警察官らが職務を行う上で、刑事被告人や容疑者、参考人らに暴行を加えるなどした場合の量刑を時別に重く設定しているのだ。
しかし実際に適用される事例は希有だ。

このような取り調べにおける人権侵害の問題を事例として展示するのは意義深いと思う。
しかし西大門刑務所では「日本人がやった」という事のみに展示の焦点が置かれているとしか思えない。

現在の韓国の警察は民主化され、人権を侵害するような違法な捜査や取り調べはまったく行っていないのだろうか。
北朝鮮の工作員を逮捕した韓国軍はどのような取り調べをしているのだろうか。
警察や検察、拘置所とは本来そのような危険性を持った場所なのであり、拷問は時の為政者が反対勢力に対して行う歴史的に繰り返されてきた常套手段だからだ。

だからと言って、日本人が韓国人に西大門刑務所で行ったことが許されることではない。
その史実は決して許してはならないし、忘れてはならない事実だ。
 

 
話しはカンボジアに飛ぶが・・・

ぼくは、2004年カンボジアのトゥールスレン刑務所を訪れた。
ポルポト時代の拷問と虐殺の現場だ。
もと学校だったというトゥールスレン刑務所は教室が取調室に使われていた。
ベッドに縛り付けられたまま惨殺された遺体の写真が教室の壁に掲示され
血のりが黒く変色した当時のベッドがそのまま展示されていた。
その部屋に立ちすくみぼくは人間の愚かさに震撼していた。

(カンボジアのトゥールスレン刑務所 2004年)

現地に行き、その場所に立つということは時を超えて事実が伝わってくるものだ。
そしてその悲劇を忘れないために保存することは後生に残された者の大切な責務だ。

しかし、「西大門刑務所歴史館」の拷問展示とは何か違うのだ。
それが何故なのかがわからないままに、いまこの文章を書いている。

カンボジアのトゥールスレン刑務所で感じたこと。
人間とは、同じ人間に対してこのようなことをしてしまう可能性を持った生き物なのだ。
ぼく自身の中にもその可能性が存在しているということだ。

しかし、「西大門刑務所歴史館」や「独立記念館」を訪れて感じたのは、
韓国は、ことさら日本人の犯した過ちのみをリアルに再現しているのではないかという疑問だ。
加害者が日本人の時のみにリアルになるその姿勢に納得がいかないのだ。

ここで想い出したのが光州の「518記念館」での展示だった。
518記念館では惨状の記録写真を壁の裏に配置していた。

「妊婦・お子様または血に弱い人は見ないでください」

という但し書きを掲示した配慮のもとに
別コーナーを設けて残虐な資料写真を公開していた。
さすが民主化をリードしてきた光州だ、これが健全な展示姿勢だろう。


(光州 「518記念館」展示コーナーの注意書き)

韓国の民主主義が子供達に日本人を含めた人間の過ちを伝承していく事は大切だ。
「許そう、だか忘れまい」は大切な考え方だ。

だが、そのためには子供達に恐怖心を植え付けることが重要だと考えるのだろうか。
もしそうならば、光州での惨状も、朝鮮戦争で行われた同じ民族同士の殺戮行為もすべて蝋人形と再現音声と電動人形で展示すべきだ。

「西大門刑務所歴史館」や「独立記念館」はことさら子供達にその恐怖を植え付けようとしているようにしか見えない。
幼少時の潜在意識に、日本人への恨みを植え付けることが必要だという展示主催者の意図が見え隠れしている低俗なプロパガンダではないのだろうか。

祖父は日本の宮城刑務所に殺された。
だがぼくは遺族として、祖父の拷問シーンを蝋人形と役者の悲鳴入りで、子供達に見せることで祖父の悲劇を伝承したいとは思わない。
それは祖父の意志ではないと感じるし、平和を祈った祖父への冒涜のような気がしてしまうのだ。

だからといってその事実を隠蔽しておきたいとは思わない。
恨みと怒りを持って祖父を殺した治安維持法を糾弾したい。
治安維持法のような法案を通そうとする現有日本の勢力に抵抗していきたい。

そのためにも、韓国や中国で感じた事を率直に表現していきたいと思う。
為政者のプロパガンダに乗せられ、殺されるのはいつも市民だからだ。


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